みずほ不動産☆スタッフブログ 

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癒されました。

亀澤です。先日社員旅行で沖縄に行ってきました。
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梅雨明けの沖縄でしたが、晴れ間もありました!
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美ら海水族館ではジンベイザメがいる水槽で30分ぐらいボッ~として
オキちゃん劇場では芸もそこそこのイルカたちを見て(マリンワールドの方が芸は上!!)
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パイナップルパークではこんな乗り物に乗ってマイナスイオンを浴び
日ごろの疲れが心身ともに癒されました。
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サラダには海ブドウ、ピザにはゴーヤ。他にも沖縄の美味しいものいっぱい食べました♪

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女性4人でパークゴルフ大会を実施。
18ホール回りましたが思うようにいかないプレーにイライラ・・・。癒しはどこに?
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結果は最下位・・・・。
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# by mizuho_fudosan | 2008-06-24 19:39 | スタッフ日記 | Comments(0)

近々。

スタッフブログ始めます!016.gif
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# by mizuho_fudosan | 2008-06-23 17:53 | スタッフ日記

山登り

先日、大分の由布岳と阿蘇の鳥帽子岳に山登りにいってきました。
先ず、由布岳に登る前の記念写真です。

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頂上前に岩場の難関があります。ファイト!一発!
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やっと由布岳の頂上に着きました。

その夜は、由布院の温泉で疲れをほぐしました。

次は阿蘇山の中の鳥帽子岳の登山です。草原の奥の山が鳥帽子岳です。
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何かに夢中になると廻りが見えなくなることがありますが、
今回、まさにその経験をしてしまいました。

阿蘇山は小さいときから修学旅行等に行っているし、その中の草千里はとても有名で、私も何回か行ったことがあります。

鳥帽子岳へ登る途中の名も知らない花です。
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鳥帽子岳の山頂です。


鳥帽子岳を登り終えて、休憩場で食事をしていたら、なんとなく昔見たことのある風景で、その時に始めて、鳥帽子岳の手前の草原が草千里だということに気がつきました。
以前、草千里に来たときに、後ろ側に山があったような記憶が少しありましたが、その時は草千里の行くのが目的で、後ろの山は眼中にありませんでした。

今回は、その後ろの山が登山の目的地で、手前の草原は眼中に無く、たまたま観光客に「草千里はどう行けばいいですか?」と訊ねられましたが、「わかりません」と答えてしまいました。
「草千里の後ろの山」ではなく「鳥帽子岳」に登るのが目的でしたので、その手前に草原があっても、それが以前来たことがある草千里とは気がつかなかったのです。

やはり、目的を決めてそこに行くときは、目的物だけでなく、その周りの環境その他を事前に調べておけば、楽しみも倍になるかもしれないし新しい発見があるかもしれません。
これは仕事でも云えることかもしれません。

その夜は、近所の別荘地でキャンプです。
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今回の登山に参加してくれた、韓国から来た友人達と福岡ゼロックスの女性達の記念写真です。
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# by mizuho_fudosan | 2007-08-21 17:41 | 社長日記 | Comments(0)

インディペンデンスデイ

映画の題名ではありません。7月4日はアメリカ合衆国のインディペンデンスデイ(独立記念日)でした。当日、私はドジャースタジアムでアトランタブレーブスとの試合を見ていました。

7月1日から6日間、福岡県宅建協会主催のアメリカ、ロスアンゼルス不動産研修に参加しました。アメリカの不動産取引のシステムは、日本の5年~10年先の姿があるように感じていましたし、    現地LAでのレクチャーは、日本で不動産会社の営業マンを対象としてセミナー等を開催している「不動産ビジネスカレッジ」と提携している不動産会社の社長(ジャック才田氏)が行うというのも魅力でした。日本語が通じますので・・・。

レクチャーに現地視察等、一通りのスケジュールをこなして、いよいよ楽しみにしていたフリータイムの大リーグを観戦することができました。当日は休日で満席になるということで、事前に日本で割高のチケットを購入する羽目になりましたが。

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ドジャーズの試合を見ているなかで、アメリカ人(LAの人達)の3つの面白い事に気がつきました。
1. 助け合いの気持ちがすばらしい。
私の席はシートの列の真ん中で、列がいっぱいになったあと、2杯目のビールを買いに行こうと席を立ったら、私が通りやすいように通路までの座っている人全員が起立をして私を通してくれました。そして。私が「ソーリー」と英語で云うと、何人かが、「こんなことお互い様じゃないか、あやまる必要なんかないんだヨ」と言い返しているようでした。(英語なので、本当は何を云っているのかわかりませんが、そんな感じでした)
日本人の私にだけかと思いましたら、あちこちでその光景を見ることができました。
これは、昔、西部開拓をしている時代に苦しいなか皆がお互いに助け合わないと生きていけないという経験に基づいているのかなアと勝手に思い込んでしまいました。

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2.たてまえより本音
日本には車椅子のマークがついた所がふえていますが、あまりそこを利用している方は見かけません。福岡のある建物の計画に関して、建物面積の関係上、1階に車椅子のトイレの設置が「義務付けられている」という話がでました。でも普通の事務所ビルで1階はバリアフリーの設計はしていません。
車椅子の歩道を造っても、手前に段差があったり、自転車が置かれていて使用不可能であったり、形式的な要素が多い日本と比べて、ドジャースタジアムは各階の後ろにちょっとしたデットスペースみたいな所があり、車椅子のマークもついていませんが、試合が始まったら、いつの間にか車椅子に乗った観戦者でいっぱいでした。その光景にまったく違和感がなく、本音で考えた施設の運営を感じました。

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3.ハンカチを持っていない
資源のある国と無い国の違いでしょう。日本では政府の公共広告でハンカチを持って資源の節約をしましょうと云っています。ところが、ドジャースタジアムのトイレ(外の施設のトイレも一緒でしたが)は紙タオルの機械が数台設置してあり、イニングの交代時間は、ゴミ箱は紙タオルで一杯になります。

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1台紙タオルの機械が壊れて紙が出なくなったので、それを使う人を見ていましたら、皆、Tシャツやジーパンで手をこすってました。

試合も終わりに近づき、負け試合なのに監督のファンサービスと思いますがオールスターに選ばれている斉藤投手が9回の表に出ましたが、その裏の反撃はなく、ドジャーズは負け、試合は終わりました。
ところが、スタンドからゾロゾロ観客がグラウンドへ降りて行くではないですか。

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私どもは帰りの迎えのガイドさんが来ていて、出口付近で待機しています。
その日はインディペンデンスデイ。
派手な花火を見るために、外野の芝生のグラウンドを開放し、ゆっくり座って見れるように配慮したものでした。

ヤフードームでもグラウンドから勝利の花火を見てみたいものです。
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# by mizuho_fudosan | 2007-07-18 17:35 | 社長日記 | Comments(0)
5月26日(土)27日(日)に久留米高専で開催された、九州高専新人ラグビーフットボール大会の応援に行ってきました。高専=ロボコンというイメージが強い中、楕円のボールを泥まみれで追っかけている硬派の高専生もいるのです。しかしながら九州に9校の高専があるのに、今回の新人戦で15人の選手がそろって試合ができるのは都城、佐世保、久留米のたった3校しかありませんでした。

我が母校の北九州高専は昨年、部員が1名になって廃部の危機に面しましたが、新規担当になったOBの入江先生(私の4級下で高専時代は剣道部)のおかげで、2年生が7~8名入部して、何とか七人制の大会には参加でき、2年生はまったくの未経験者だったので、2ヶ月ほど前から北九州近郊にいるラグビー部OBが時間をつくって指導にあたりました。

高専という学校は、日本の高度成長期にあわせて、大卒の管理職と工業高卒の現場員との間をつなぐ、いわゆる工場長クラスの人材をつくるために国の方針でできた学校と聞いたことがあります。中学を出て5年間、旋盤の操作から電算機(コンピューター)の操作まで、理工系の授業をみっちり教わり、20才で社会に巣立っていきます。私もエンジニアになりたくて、昭和44年に入学しました。入学してすぐ、寮にはいってラグビー部に入部しましたので、校舎と敷地内にある寮とグラウンドを往復する毎日でした。当時の我が校のラグビー部は体と素質がある人材が多く、高専の全国大会で初の3連覇を達成し、就職もラグビーが強かった近鉄や三菱自工京都に先輩や同級生は就職していきました。素質も体もなかった私はごく普通の技術系の会社に就職しましたが。

それから30数年たって指導に行った母校は、当時、我が物顔でつかっていたグラウンドは、野球部とサッカー部と陸上部に陣取られ、わずかなスペースはぺんぺん草が生えていて、ほとんど使用されていないことを物語り一抹の寂しさもありましたが、ラグビーを覚えようとしてひたむきに走っている学生達の姿に、15才だった当時の自分がそこに居るような気持ちになりました。

久留米高専での新人戦七人制大会が始まり、7人中6人が始めて試合を経験する我が母校チームの対戦相手は、優勝候補の大分高専で、どのような試合展開になるのか心配をしていたら、なめてかかって来る相手を、何と、タックルの仕方もそんなに教えていないのに、足元に捨て身のタックルで応戦し、倒しても倒してもボールをつないでくる相手を、何度も何度も倒れながらも起き上がって相手の懐に飛び込んでいく、がむしゃらで、技術もなにも無い、怪我も痛みもおそれず本能のままに飛び込んでいく勇敢な彼らの姿があり、応援している先輩の私達も目頭がジーンと熱くなっていくのを感じました。

もちろん、試合は大差で負けましたが、強い相手に立向かっていく勇気、そして負けた悔しさを忘れずに成長して、秋の高専大会では15人の選手がそろって、本当の第一歩を踏み出してもらいたいものです。

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# by mizuho_fudosan | 2007-06-11 11:17 | 社長日記 | Comments(0)

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